1854年にオランダ・アムステルダムにて創業したロイヤル・アッシャー。

「オランダ文化を辿る、ジュエリーの物語」では、アムステルダム在住のエディター&ライター、岩間まき氏とともに、オランダ文化やアムステルダムの街を辿りながら、ロイヤル・アッシャーのジュエリーが生まれるに至ったインスピレーションをご紹介。

第3回目は2月14日に創業171周年を迎えるロイヤル・アッシャーの本社を訪れ、6代目共同代表のリタ・アッシャー氏とマイク・アッシャー氏にブランドの歩み、これからの展望を伺いました。

ロイヤル・アッシャー本社は、アムステルダム市内の東南部に位置するデ・パイプ(De Pijp)地区に構えている。

周辺は閑静な住宅街だが、オランダ最大規模の屋外マーケット、アルバートカイプ市場やハイネケン醸造所といった観光名所やトレンドスポットが集まる賑やかなエリアにもほど近い。

今回は、このロイヤル・アッシャー本社にて6代目共同代表のリタ・アッシャー氏とマイク・アッシャー氏から、ロイヤル・アッシャーの歴史や哲学、そして展望についてお話をいただいた。

現在の地に本社社屋を構えた経緯

“ダイヤモンドストリート”や“カリナン広場”という名前がつくこのデ・パイプ地区の一角に、ロイヤル・アッシャーが本社を構えた経緯は何だろうか。

マーケティングとデザイン開発を担当するリタ氏は次のように語る。

「1870年、私たちの工場はアムステルダム市の中心部、Uilenburgerstraatにありました。そして1903年、当時世界最大のダイヤモンド原石『エクセルシオー』(995.2ct)のカット成功をきっかけに、より広い土地が必要となりました。その頃、このデ・パイプ地区はアムステルダム市には含まれておらず、緑豊かな環境だったため購入しやすかったのです。そして1907年、現在の場所へ移転しました。」

建物は、オランダの著名建築家G. van Arkelによって設計された。アール・ヌーヴォー様式を採用し、ダイヤモンド研磨に必要な自然光を取り込むため、広い窓が設けられている。

竣工した同年には、イギリス王室から世界最大のダイヤモンド原石「カリナン」のカット依頼を受けるなど、この建物は歴史的な役割を果たしてきた。

現在も残るロイヤル・アッシャー本社社屋

一時期は500人もの研磨従事者がこの本社社屋で働いており、その需要に応えるために3階建てから4階建てへと増築された。
現在、外壁はそのまま保存され、リノベーションされた室内には受け継がれた調度品が置かれてあり、赴きのある空間が広がっている。

本社近辺にはカリナン広場や、ダイヤモンドストリートという名の場所がある。
これらはオランダ政府が、ロイヤル・アッシャーの功績を讃え名付けたそうだ。
写真は応接室から見たダイヤモンドストリート。

「カリナン」カットにまつわる秘話

ロイヤル・アッシャーが名実ともに世界最高のダイヤモンドカッターと呼ばれるきっかけとなった「カリナン」カットについて、宝石鑑定士でもあるマイク氏に興味深いエピソードを伺った。

「3代目ジョセフ・アッシャーは若い頃、アムステルダムのマスターポリッシャーの下で修行を重ね、その才能を認められました。研磨技術を磨き続けた彼は、後に指導者としても活躍します。1903年に、当時世界最大のダイヤモンド原石『エクセルシオー』(995.2ct)の所有者からカットを依頼され、これを成功させたことで名声を確立しました。この業績により、彼は世界最高のダイヤモンド職人として広く認められ、1907年イギリス国王エドワード7世から、世界最大のダイヤモンド原石『カリナン』(3,106ct)のカットを正式に依頼され、翌年に成功を収めたのです。」

「ダイヤモンドをアムステルダムへ運ぶ際、エドワード7世はスコットランド警察が乗った大英帝国艦隊を手配していました。みんなはその船にダイヤモンドがあるだろうと思っていましたが、実際には、別の船に乗ったジョセフの弟エイブラハム・アッシャーがコートのポケットに隠して持って帰ってきていたのです。彼と同じ船に乗っていた友人は、『カリナンはいつ届くのだろう?』と尋ねてきたため、『もうすぐ届くと良いね』と答えたそうです。」

(上から時計回りに)
重量をはかるための木製スケールボックス、研磨用ダイヤモンドパウダーを収納する木製引き出し、カットの際にダイヤモンドを固定した木製の土台、カリナンのレプリカ、特注で作った100倍のルーペ、カットに使われた金属製スティック、カリナンカットで破損した刃、カリナンカットに成功した刃

また、ロイヤル・アッシャーが開発するオリジナルカットについて、マイク氏は次のように述べた。

「英国王室の王笏と王冠に飾られている『カリナンI世・II世』はいずれも74面体でした。そのため、私たちは新しいカットを考案するとき、74面体を取り入れることが可能かどうかを常に検討します。それにより、お客様が『カリナン』の歴史的なストーリーも身に纏っていただけるようにしています。」

ダイヤモンドのカットと研磨について長年に渡るキャリアを持つマイク氏は、父エドワード氏とともに、4種のオリジナルカットを生み出している。
インタビュー中の柔らかな雰囲気とは対照的に、ダイヤモンドに向き合った途端、凛々しく真剣な眼差しへ変化した姿が印象的。

研磨時に使われる最新の機械。
ダイヤモンドを置くとスクリーン上に各ファセット(面)の角度などの詳細なデータが3D映像として投影され、どのファセット(面)をどの程度研磨すべきかが視覚的に明示される。

受け継がれる家族の絆とブランド哲学

ロイヤル・アッシャーはオランダ王室から「ロイヤル」の称号を、1980年と2011年の2度に渡り授けられた唯一無二のダイヤモンドブランドであり、王族や著名人をはじめ、世界中から訪れる錚々たるVIPを迎えてきた。

本社には来賓者のサインが連ねられた来賓者名簿「ゴールデンブック」が保管されており、そこには1910年のベルギー王アルベールⅠ世とエリザベスⅡ世女王陛下、オランダのウィルヘルミナ女王のサインから、昭和天皇や明仁上皇、そして2017年に来訪された際のオランダのマキシマ王妃のサインまでが残されている。

名だたる来賓者たちのサインが記されており、一頁一頁に刻まれたその軌跡は、ロイヤル・アッシャーの輝かしい伝統を物語っている。
なおこのゴールデンブック自体も、オリジナルで作製されているそうだ。

ブランドの哲学について、マイク氏はこう語る。

「私たちは次世代のためのビジネスを構築する視点を常に持っています。これは単に収益を追求することではありません。子どもたちに誇りを持って引き継げることが大切です。また、ダイヤモンド業界に関わる全ての人々が適切な待遇を受け、幸せな生活を送れることを目指しています。」

リタ氏もまた、ブランドが受け継ぐべき価値観についてこう述べる。

「私たちは先祖から受け継いだダイヤモンドへの情熱を大切にしています。ダイヤモンドは特別な瞬間を象徴するもの。結婚式や記念日、出産など、人生における美しい瞬間のために購入されます。そうした思い出にふさわしい、最高品質のジュエリーを生み出すことが、私たちの使命であり喜びです。」

胸元には、父から母へエンゲージリングとして贈られたマーキースカットのダイヤモンドを譲り受け、ペンダントトップに作り替えたネックレスが輝いている。
家族の絆や記念日を大切にするリタ氏の思いが伝わってくる。

170年にわたる歴史を受け継ぐこと、その責任を果たし続けることは計り知れない重圧を伴うものと推察される。

この点について、マイク氏に率直な所感を尋ねた。

「会社の運営、ダイヤモンドの品質、そして家族の絆を守り続けることには、時折、大きな責任感とプレッシャーを感じます。『圧力がダイヤモンドを生む』(Pressure makes diamonds)という言葉を知っていますか?私はこの表現が的確だと考えています。」

ダイヤモンドは、高温高圧の環境下で炭素が結晶化することによって形成される。このプロセスこそが、強さと美しさを兼ね備えたダイヤモンドが生まれるために不可欠な条件である。

同様に、アッシャー家にとっても、責任や重圧という外的な力が、その存在価値をさらに輝かせる重要な要素となっているようだ。

伝統と革新のバランス

お二人は、伝統を重んじつつ革新も追求する。SNSを活用してダイヤモンドの魅力を頻繁に発信したり、ダイヤモンド業界の内外で支援を必要としている人々に焦点をあてたチャリティプロジェクトに取り組むなど、時代に即した活動にも積極的だ。

昨年10月には、創業170周年を祝うパーティーをイギリスのロンドン塔で開催した。このパーティーには、家族やチーム、イギリスのリテールパートナーたちを招待し、ロイヤル・アッシャーの象徴ともいえる「カリナンⅡ世」を施した大英帝国王冠を、間近で鑑賞する特別なツアーも実施。

こうした取り組みは、アッシャー家が築いてきた家族の絆や卓越した技術、及び国際的なネットワークと密接に結びついている。

2025年、ロイヤル・アッシャーはどんな年にしていくのだろうか。抱負をリタ氏に伺った。

「今年は新しいオリジナルカットを発表したいと考えています。ぜひ、楽しみにしていてください。」

世界に一つだけの輝きを

ロイヤル・アッシャー・ シグニチャーカット コレクション

ロイヤル・アッシャーが開発し、国際パテントを取得した5種のオリジナルカットをあしらったコレクション。

精密なカットが施され、光を効果的に反射し、手元や首元に格別な輝きを放つ。結婚や人生の節目などの記念日、大切な人への特別な贈り物をお探しの方にふさわしい逸品。

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岩間まき
東京都出身。学生時代からファッション誌に携わり、大学卒業後はインターナショナル・モード誌、ラグジュアリー・ファッション誌で編集を担当。独立後も編集、海外コレクション取材、ブランドやウェブサイトのディレクションやライティングなどを手掛けている。フランス・ニース、アメリカ・ノースカロライナ州での海外生活を経て、オランダ・アムステルダムに現住。趣味は読書と絵画鑑賞、旅行、カフェ巡り、そして体を動かすこと。