1854年にオランダ・アムステルダムにて創業したロイヤル・アッシャー。
「オランダ文化を辿る、ジュエリーの物語」では、アムステルダム在住のエディター&ライター、岩間まき氏とともに、オランダ文化やアムステルダムの街を辿りながら、ロイヤル・アッシャーのジュエリーが生まれるに至ったインスピレーションをご紹介。
最終回は多様なアムステルダムの建築を通して、市民生活や街づくりの変遷について語ってもらいました。
アムステルダムの街を歩いていると、異なる時代の建築物が建ち並んでいることに気づく。17世紀運河沿いの家々、20世紀の集合住宅、そして現代的なガラスのファサード。また、建物の中に一歩足を踏み入れば、個性の光るランプに出会う。
そこで今回は、アムステルダムの多様な建築と創造的な照明に着目し、時代の流れに沿って、それらの魅力を探っていきたい。

アムステル川沿いからの眺望は、100年以上の建築史を一堂に臨むことができる。
左手には、1887年に建てられたネオ・ルネサンス様式とネオ・バロック様式を融合させた「聖ニコラス教会(St. Nicolaaskerk)」や、1928年に完成したアムステルダム派建築の「シッピングハウス(Scheepvaarthuis)/現グランドホテル・アムラス・アムステルダム」が、また右手には2007年開館の「アムステルダム公共図書館(OBA)」や、2022年竣工の「ブッキング・ドットコム」本社などの現代建築が並ぶ。
13世紀〜17世紀にかけての
宗教と権力の象徴としての建築
アムステルダムには、オランダが国家として成立する以前に建てられた教会や王宮が今も残っている。それぞれの建物には、時代ごとの宗教観や社会思想が色濃く反映されている。

たとえば13世紀後半に木造のカトリック礼拝堂として建てられた、アムステルダム最古の宗教建築「旧教会(Oude Kerk)」。
その後、都市の成長とともに拡張され、14〜16世紀にはオランダ・ゴシック様式の石造教会へと発展した。高い天井や大きなステンドグラスが特徴で、市民の墓所としても機能した。

17世紀前半に建設された「西教会(Westerkerk)」はアムステルダムで最も高い85mの塔と、赤レンガと石装飾によるオランダ・ルネサンス様式の外観を備える。
内部は、大きな窓から自然光を採り入れる簡素な造りで、偶像崇拝を排したプロテスタント教会らしい質素さと明快さを示している。


さらに市の中心に位置する「アムステルダム王宮(Koninklijk Paleis Amsterdam)」は、17世紀半ばに市庁舎として建設されたオランダ・バロック様式の建物で、19世紀以降は王宮として使用されている。
大理石の床や天井画、フランス製のシャンデリアを配した内装はきわめて華やかで、迎賓の場としての格式を備えつつ、都市の繁栄の象徴となっている。
20世紀のアムステルダム派と機能主義
20世紀初頭都市部の急速な人口増加とそれに伴う住宅不足に対応するため、公共住宅の整備が課題となった。その中で登場したのが、アムステルダムで生まれたアムステルダム派(Amsterdamse School)と呼ばれる建築運動だ。
彼らは、内装や家具までを含め一体で設計することで、労働者の生活空間である集合住宅に芸術的要素を取り入れ、機能面だけでなく精神的な豊かさも追求した。

アムステルダム派の代表例「ヘット・シップ(Het Schip)」。1919年に建設されたこの集合住宅は、建築家・ミシェル・デ・クラーク(Michel de Klerk)による設計で、労働者のための社会住宅でありながら、煉瓦を彫刻的に扱った曲線的な外観や尖塔を備え、芸術性と職人技が際立つ。
異なる宗教的背景を持つ住民が共に暮らしていた点でも、当時の社会的理想を体現した建築といえる。
同時期に、機能主義(Functionalisme)も登場した。アムステルダム派の装飾的な手法とは対照的に、コンクリートやガラスなどの近代的な素材を用い、建物を効率的かつシンプルに設計する思想である。この考え方は公共施設や大量住宅の建設に適していた。
また、建築だけでなく家具や照明といったプロダクトデザインの分野でも、装飾を排した合理的な構造と使いやすさを最優先する姿勢が重視された。この機能主義の考え方は、特に第二次世界大戦で市街地の大半が破壊された都市、ロッテルダムで大きく展開され、街の近代化を象徴する建築様式として根づいていった。
現代建築と持続可能な都市デザイン
公共性と芸術性の両立を志向する流れのなかで、現代のオランダ建築は、持続可能性、社会性、多様性といった社会課題への取り組みにも力を入れている。集合住宅や文化施設、都市再開発のプロジェクトでは、地域住民や行政、専門家だけでなく、アーティストやデザイナーも初期段階から意見交換に加わりながら計画が進められる体制が定着している。

2012年、アムステルダム北岸に建設された「アイ フィルム ミュージアム(Eye Film Museum)」は、オーストリアの建築事務所「DMAA」による設計で、かつての工業地帯を再開発したエリアに建てられた。白いアルミニウム調の外観に鋭角のフォルムを用い、光と動きを建築で表現している。映画の保存や上映に加え、展示やワークショップを通じて映像文化を発信する場となっている。

オランダの建築設計事務所「MVRDV」が手がけ、2022年に完成した「バレー(Valley)」。
アムステルダムの南側、ザウト(Zuid)地区に位置する。オランダ随一の金融拠点として都市開発が進むこのエリアに建つ同建築は、地層を思わせる外装と、建物全体に施された緑化テラスが特徴で、オフィスや住宅、商業施設が入る。都市と自然の共存を体現し、環境と経済の調和を目指す都市づくりの一例となっている。
照明にみるダッチデザインの精神
20世紀後半以降、オランダの建築やプロダクトデザインは大切なクリエイティブ産業として位置付けられ、文化政策や教育制度の支援を受けて発展し、「ダッチデザイン」として国際的に認知されるようになった。とりわけ照明デザインは、建築や空間と強く結びつきながら、単なる光源にとどまらず、場にストーリーをもたらす存在へと進化している。

2001年、マルセル・ワンダースとカスパー・フィッサースが設立したオランダのデザインブランド「Moooi(モーイ)」。こちらの照明器具は、ヘラクレウムという植物から着想を得ており、メタルワイヤーの枝とLED光源で花弁を表現し、自然とテクノロジーを融合させた美しさを宿す。

アムステルダム国立美術館には、アムステルダム拠点のデザインユニット「Studio Drift」による光のインスタレーションが展示されている。オーガニックシルクを重ねた照明が上下に揺れ、花のように開閉する姿は、空中に生命感のあるリズムをもたらしている。
静かに佇む歴史建築と大胆に主張する現代建築。それらの空間を豊かな表情で照らす照明。重なり合う多様な要素が、この街に奥行きと魅力を与え、多くの人を惹きつけてやまないのだろう。
建築物の意匠に着想を得た
ジュエリーコレクション
ヨーロッパの歴史的建築物の意匠をジュエリーに昇華させた「ヨーロピアン・アーキテクチャー」コレクションより、照明のデザインをテーマにした2つのシリーズをご紹介。

「シャンデリアシリーズ」は、古い宮殿や教会のシャンデリアから着想を得た揺れるダイヤモンドが、繊細な輝きを放ち装いに華やかさと気品を添える。

一方の「モダンライトシリーズ」は、現代建築の照明から発する柔らかな光や遊び心を表現し、都会的で個性的なアクセントをもたらす。
参考文献
Arcam
Rijksmuseum
Stedelijk museum
Sonneveld House
Nieuwe Instituut
Het Ship museum
Grachten museum
「Amsterdam architecture city」nai010
「Dutch design van de 20ste eeuw」Toon Lauwen
「design Nederland 」Terra
「Dutch design」 nai010
「 Dutch design today」Dutch design award 2017
「De Nederlandse architecture in een notendop」Prometheus
「Architectuurgids Nederland 1980-nu」010Publishers
「Architecture Now 9」Taschen
「Amsterdam Architecture」Thoth
「De Nederlandse architectuur 1000/2010」Thoth
「Amsterdam Architecture Stad」nai010
岩間まき
東京都出身。学生時代からファッション誌に携わり、大学卒業後はインターナショナル・モード誌、ラグジュアリー・ファッション誌で編集を担当。独立後も編集、海外コレクション取材、ブランドやウェブサイトのディレクションやライティングなどを手掛けている。フランス・ニース、アメリカ・ノースカロライナ州での海外生活を経て、オランダ・アムステルダムに現住。趣味は読書と絵画鑑賞、旅行、カフェ巡り、そして体を動かすこと。