オランダ王室より「ロイヤル」の称号を授けられた唯一無二のダイヤモンドジュエラー、ロイヤル・アッシャーが、英国王室研究家、にしぐち瑞穂氏に語っていただく『英国王室とダイヤモンド』〝ロイヤル・アッシャーが辿るチャールズ国王戴冠式までの軌跡″。
第2回は、1953年に執り行われたエリザベス2世の戴冠式のエピソードを語っていただきます。
2022年9月8日、70年という英国王室史上最長の在位期間をもってエリザベス2世が逝去したことに伴い、新国王として即位されたチャールズ3世。

2日後には王位継承評議会による、即位承認式が行われ、実質的な国王としての公務は既に始まっているが、英国には今なお伝統として、王位就任の象徴的儀式である、戴冠式が執り行われる。

即位から約8ヶ月後の今年5月6日、ウェストミンスター寺院で予定されている、新国王チャールズ3世の戴冠式に先駆け、ちょうど70年前行われたエリザベス2世の歴史的な戴冠式を振り返ってみたい。

アッシャー社がカット、研磨に携わった世界最大のダイヤモンドで英国王室の至宝、カリナンⅠ世、カリナンⅡ世がセットされた、大英帝国王冠や王笏の存在が、この歴史的儀式のハイライトとなることは間違いない。

英国戴冠式の歴史

王位の地位や権力を象徴する宝器、レガリアを身につけ、戴冠をする儀式で、1066年ハロルド2世が、ロンドン、ウェストミンスター寺院で初めて行ったのが始まり。以来この伝統が受け継がれ、1953年のエリザベス2世に至るまで40回の戴冠式が執り行われてきた。

同寺院にて、君主を最高総督とする英国国教会の最高位、カンタベリー大司教によって執り行われるのが恒例である。

即位から16ヶ月後だったエリザベス2世の戴冠式

通常、前君主の喪があけた数ヶ月後に行われることが多いが、エリザベス2世の戴冠式は、1年4ヶ月後の1953年6月2日に行われた。
英国王族、貴族、各国の国家元首をはじめ政府関係者など、8000人を超える参列者が、27歳の女王の戴冠式を見守った。
午前11時エリザベス2世が到着すると、カンタベリー大司教による、承認、誓約の儀式が行われた。

女王陛下の宣誓のお言葉

「正義と英連邦王国の法律を遵守し、英国国教会の教義を守ることを誓います。」
「私はここに誓ったことを果たし、守ります。神よ、力を与え給え。」

戴冠式用の椅子に座り、カンタベリー大司教がエリザベス女王陛下へ、精油を塗布された。

クラウン ジュエルズが女王へ

まず君主の権威を象徴する、オーブ(宝珠)が女王陛下の手に。ゴールドの球体に貴石と半貴石があしらわれ、上部にはイエスの世界支配を象徴する十字架が施されたこちらは、式中、女王陛下の右手に置かれていた。

続いて、国家との結婚を象徴する、指輪。

更には、権力の象徴である、王笏。前回(第1回目コラム)お伝えしたように、世界最高峰のダイヤモンド・カッターである、ロイヤル・アッシャー社がカットと研磨を手がけた、世界最大のダイヤモンド原石からカットされた、カリナンⅠ世(530.2カラット)が配されていることでも知られる

2つの王冠 ”聖エドワード王冠”と”大英帝国王冠”

そしていよいよ注目の、カンタベリー大司教からエリザベス女王陛下の頭上へ聖エドワード王冠が戴冠。

それと同時に、寺院内では一斉に、「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン:(女王陛下万歳!/神よ、女王を守り給え)と三度唱えられた。

ウェストミンスター寺院の鐘が鳴り響き、また祝砲もあげられた。

ちなみに聖エドワード王冠は、1661年にチャールズ2世のために製作され、中世ウェセックス朝イングランド王、エドワード懺悔王が戴冠式で用いたことから、名前が由来。

なんと重量は、2.04kg。その重さも関係したのであろう、戴冠式でのみ使用され、それ以外はロンドン塔にて保管されている。

戴冠式最後に、聖エドワード王冠から大英帝国王冠へと被り変えられ、バッキンガムパレスまでの馬車パレードや、バルコニーへのお出ましに至るまで、最も精巧な王冠と称される大英帝国王冠が着用されていた。

昨年のエリザベス2世の国葬時、王笏やオーブと共に棺の上に置かれ、世界中が注目したことからもわかるように、最も使用され、かつ有名な王冠といえるのが、この大英帝国王冠。

世界最大のダイヤモンド原石からカットされた2番目に大きなダイヤモンド、カリナンⅡ世(317.4カラット)が王冠の中央にセットされた、まさに王室の至宝。言うまでもなく、このダイヤモンドのカットと研磨に携わったのが、唯一無二のダイヤモンド・カッター、ロイヤル・アッシャー社である。

これらの王冠について、生前2018年のBBC Oneドキュメンタリー『The Coronation』の中でエリザベス女王陛下は、ジョーク交じりに、このように語られていた。

Photo by Hulton Deutsch/Getty Images

「幸いにも、父と私は頭の形が同じだったので、一度王冠を被ると落ちることは滅多にありません。しかしスピーチをする際、原稿をみようと下を向くことは出来ないんです。もし下を向こうものなら、首の骨を折ってしまうかもしれません。」

フィリップ殿下がひざまづき、妻、エリザベス女王陛下への忠誠の誓いとキス

戴冠後、海軍元帥の正装をされた夫君フィリップ殿下が、ひざまづき、両手を床につけて、女王陛下へ誓いのお言葉を述べられた。

「私、エディンバラ公フィリップは、貴女を生涯をかけてお守りし、敬い、忠誠を尽くすことを誓います。」

そして静かに立ち上がり、女王の頬にキスをされた。

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戴冠式の日のエリザベス女王の装い

歴史的な戴冠式の日、エリザベス2世がお召しになったのは、王室愛用デザイナー、ノーマン・ハートネルによる、白のドレス。

女王のアイデアによって、イングランドのバラなど英国4国の国花をはじめ、英連邦諸国を象徴する植物の刺繍がドレスにほどこされていた。

実は、この日エリザベス2世が身につけられたガウンなどを含む式服に、王冠や王笏など、全ての重さはなんと合計で20キロ以上だったというから驚きである。

戴冠式当日に向けて、その重さに慣れるために、首やお身体を鍛えるべく、日々の生活の中で訓練をされていたという。君主としてのメンタルの重責のみならず、フィジカル面での見えないご苦労もおありなのだ。

Photo by Bettmann/Getty Images

一躍人気者となった6名の「メイド・オブ・オナー」

白いドレスの上に羽織られた、長さ6.5mのベルベットの儀式用ローブを羽織られた女王の後ろから、裾持ちをして歩く6人の「メイド・オブ・オナー」達。

女王陛下と同じく、ノーマン・ハートネルがデザインしたドレスを纏い、ガウンの裏側に付けられたサテン製のハンドルを持ち、合図を待っていた若く美しい女性たちへ、「レディ ガールズ?」(準備はいい、皆さん?)と優しく合図をおくられた女王陛下。

この日のために、エリザベス女王陛下のお世話係として選ばれたのは、名門貴族出身、容姿端麗でスタイルが良い6人。若く美しく、気品あふれる「メイド・オブ・オナー」の女性達を、”6羽の白鳥“と称し、メディアが報道。戦後の英国において明るい光の如く話題となり、アイドルグループさながらの人気に。

そんな一方で、世紀の戴冠式での重責や、長時間にわたる重いドレスや、緊張で気を失うといった緊急事態に備え、実は女性達のグローブには気つけ薬が忍ばせてあったのだそう。

バッキンガムパレスのバルコニーでのお出ましの際には、女王陛下とともに「メイド・オブ・オナー」の6名も一緒に姿をみせ、戴冠式後女王陛下からは、「Well done(よくできました)」とお褒めの言葉を受けた6人。更に女王陛下からは、記念のブローチも贈られたそう。

Photo by Print Collector/Getty Images

馬車でのパレード

戴冠式の前後、バッキンガムパレスとウェストミンスター寺院間を移動するとともにパレードが行われた際使用されたのが、王室馬車。

“ゴールド・ステート・コーチ”と称され、1760年ジョージ3世によって委託され、1962年に完成。ジョージ4世以来、全ての君主の戴冠式で使用され続けている、最も格式の高い馬車で、全長7 m、高さ3.6m 、八頭立ての馬車で、豪華絢爛な金箔から、その名がつけられた。

四つの車輪の上には、ギリシャ神話の中の海の半神、トリトンが。馬車の側面には、イタリア人画家ジョヴァンニ・バッティスタ・チプリアーニの作品が描かれ、屋根部分には、イングランド、スコットランド、アイルランドを象徴する3人の天使達に固持された、大英帝国王冠の金箔木彫も。

260年以上の歴史をもち、重さ4トンと最も重いこの馬車だが、2018年BBC Oneドキュメンタリーの中でエリザベス女王陛下は、戴冠式までの道のりを振り返って、こう話されていた。

「最悪で、決して快適とは言えないんですよ」

現実はおとぎの世界のようにはいかず、揺れが酷く、どうやら心地の悪い馬車なのだそうだ(笑)

Photo by Tim Graham/Getty Images

王室史上初 戴冠式をテレビ中継

1953年当時といえば、英国でのテレビの一般普及は3分の一未満。しかしながら人々の関心は高く、それを知った女王陛下が、映像を残すべきと考え、初めて戴冠式のテレビ放映に同意をした。

戴冠式当日、お茶の間、映画館やコンサートホールなど、テレビのある場所に人々が集まって視聴。2700万人(人口の40%以上)の英国民が、厳かかつ華麗な中継を見守ったという。

英国王室にとって史上初となっただけでなく、テレビの歴史においても、この戴冠式が歴史的な儀式と位置付けられた。

また、テレビの売り上げ増加といった経済効果に貢献したことも言うまでもない。

Photo by Fox Photos/Getty Images

日本からも、当時19歳の皇太子(上皇明仁)が参列された

世界各国の王族の方々が招待される中、日本からも昭和天皇の名代として、当時19歳の皇太子(上皇明仁さま)が招かれた。

同年、アッシャー社を訪問されているほか、1921年に昭和天皇も同様に皇太子時代、アッシャー社を訪問されるなど、オランダ王室とゆかりの深い皇室の方々が、王室ジュエラーであるアッシャー社を揃って訪問されていることも興味深い。

父・母の戴冠式を見ていた、エリザベス王女とチャールズ皇太子

ご自身の戴冠式を経験する以前、1937年のジョージ6世の戴冠式に出席されていたエリザベス2世。

これも2018年のBBC Oneドキュメンタリー『The Coronation』の中で女王陛下が明らかにされたことだが、父ジョージ6世の戴冠式の最中、感じたことや体験を書き留めておくよう、父君から言われていたのだそう。

当時11歳だった王女のノートには、こう書かれていた。

「全てにおいて素晴らしい戴冠式だった。ウェストミンスター寺院も同じように感じたと思います。父が戴冠された瞬間、寺院のアーチ型の天井や梁が不思議な霧に包まれた。少なくとも私にはそう見えました。」

またジョージ6世の戴冠式とご自身の戴冠式を振り返り、「父の戴冠式の方が明らかに記憶に残っています。ただ座っていただけで何もしていませんでしたからね」とお答えになった女王。

女王陛下が父ジョージ6世の戴冠式をご覧になっていたように、チャールズ皇太子も母エリザベス女王陛下戴冠式に出席されていた。

女王陛下の母クイーン・マザー、マーガレット王女とともに、乳母に付き添われたチャールズ皇太子は、当時4歳半。滞在時間は約10分ほどというが、その時に目に焼き付けられた光景や、感情が、70年後の今年5月、ご自身の戴冠式に生かされることであろう。

Photo by Hulton Deutsch/Getty Images

PROFILE
にしぐち瑞穂(にしぐち・みずほ)
英国王室研究家、コラムニスト、スタイリスト。TVアナウンサーや雑誌等、スタイリストとして長年活躍。イギリスに魅了されロンドンに移り住み、帰国後は雑誌『25ans』やオンライン『ミモレ』で英国にまつわるコラムを連載。YouTubeチャンネル『ロイヤルスクープ』では王室情報を配信中。著書『幸せを引き寄せる キャサリン妃着こなしルール』(幻冬舎)

Text: にしぐち瑞穂  イラスト作画:コダママミ