『ロイヤル・アッシャー、輝きの物語』では、創業170周年を迎える“ロイヤル・アッシャー”の魅力を業界の有識者、及びブランド関係者それぞれの視点、角度から語っていただくことで、170年の歴史を辿るとともに、新たなブランドの魅力を来年の1月までの全6回でお伝えしてまいります。第1回は、ジュエリージャーナリストの本間恵子氏に「アッシャー家と史上最大のダイヤモンド」をタイトルに、英国王室の求めに応じて、世界最大のダイヤモンド原石「カリナン」のカットに成功した偉業と、ダイヤモンドカットに情熱を注いできたアッシャー家の想いについて、素敵なストーリーとともに語っていただきます。

アッシャー家と史上最大のダイヤモンド

映画『ヴィクトリア女王 世紀の愛』を観ていて感心したのは、戴冠式のシーンだった。エミリー・ブラントが演じる若き英国女王が、正面に青い宝石がはめ込まれた大英帝国王冠を頭に戴いている。現代のチャールズ国王の写真を見るとわかるが、この王冠の正面に輝いているのは「カリナンⅡ世」という名の大きなダイヤモンドのはずだ。

これは映画の小道具のミスではない。1838年のヴィクトリア女王の戴冠式当時、この位置にはめ込まれていたのは、スチュアートサファイアと呼ばれる青い宝石だった。正面に「カリナンⅡ世」がセットされたのは1909年。つまり、時代考証としては合っているのだ。

一方で、映画『ヴィクトリア女王 最期の秘密』では、ジュディ・デンチが演じる老いた女王が「コ・イ・ヌール」ダイヤモンドのブローチをつけている。このダイヤモンドは元々186カラットもあったが、輝きに乏しいことから女王の夫君が再カットさせたところ、半分近くが削り落とされてしまい、多くの人々が失望した。映画に描かれているのは再カット後の小さくなった「コ・イ・ヌール」だ。

アッシャー社によって9つに分割された「カリナン」の原石。出典元:ロイヤル・アッシャー・ダイヤモンド・カンパニー

カットは極めて重要な仕事だ。ダイヤモンドの色や透明度は自然の恩恵によるもの。地球の深部でダイヤモンドが結晶するとき、それが決まる。だが、輝きの美しさは人の技で決まる。原石のポテンシャルを最大限に引き出し、まぶしい光を与えるのは、カットの技に他ならない。

1908年、3106カラットもの稀少なダイヤモンド原石「カリナン」をカットしたのは、オランダのアッシャー(現ロイヤル・アッシャー)だ。現代ではデジタル機器を使って原石をスキャンし、レーザーで原石を切断する。だが100年以上前にアッシャーはどうしたかというと、歴史上最大のダイヤモンド原石に、ナイフを当ててハンマーで打撃し、割ったのだ。技の巧みさもさることながら、何という精神力。原石を割った瞬間、ナイフを握っていたジョセフ・アッシャーが気絶したという噂が流れたが、彼の甥は「アッシャー家の男が仕事中に気を失うなどあり得ない」と否定したそうだ。

戴冠式の日のチャールズ国王とカミラ王妃。
Photo by UK Press Pool / Getty Images

類い希なる原石から生まれた主要なダイヤモンドは合計9つ。これらのうち、最大の「カリナンⅠ世」から5番目の「カリナンⅤ世」までが揃い踏みする光景が、2023年5月のチャールズ国王の戴冠式で見られた。Ⅰ世、Ⅱ世は国王の王笏と大英帝国王冠に。Ⅲ世、Ⅳ世、Ⅴ世はカミラ王妃の冠に。王妃の冠は、元々あしらわれていた「コ・イ・ヌール」が取り外され、3つの「カリナン」を加えて優雅にリスタイルされていた。国王と王妃の晴れやかな姿は、この宝石の由来を知る多くの人の感動を誘ったが、世界中で最も胸を熱くしていたのはロイヤル・アッシャーの人々だったに違いない。

PROFILE
本間恵子(ほんま・けいこ)
ジュエリージャーナリスト
ジュエリーデザイナーを経て宝飾専門誌のエディターに転身、その後フリーランスとなって国内外を取材。女性誌、新聞、美術誌などに最新のジュエリー情報を寄稿する。

Text: 本間 恵子

創業170周年記念ジュエリーを見る